足枷が重い。
不快な音がする。ゆらゆらと揺れる天井。
動けない。縛られているから。
首枷が重い。
ギチリ、枷が肌を食い破って血が滲む。
零れる体液を冷たい石の床が飲み干してゆく。
渇いている。飢えている。そう求められているから。
想い砕けてゆく。
それはわたしの願いなのか。
彼等の欲望が充たされているからか。
異質なこの場所がそうあれかしと命を下すからか。
――何もわからなくなる。
それは私の望むところ。
血肉の獄に囚われて、心が煩わしく思っている。
忘れたい。忘れたい。嗚呼、消え去って欲しい。
わたしよ、死に曝せ。
砕け散りて欠片も残すことなかれ。
この苦しみも、痛みも、悲しみからも、わたしは解放し、救いを与える。
けれど、ただの人には叶わぬ事。
人である以上、命が惜しい。
意地汚く浅ましい獣になろうと生きたい。
死にたくない。死にたくない。死にたくないの。
わたしは信じている。
あの人がやってくる、必ずやってくる、きっとやってくるのだと。
神などという幻想ではなく、わたしの知るあの人がやってくるのだと。
けれど、私は知っている。
あの人は来ない。絶対に来ない、決して来れない。
幻覚ではなく、私の知るあの人は既に囚われているのだから。
知っている。
だから、信じたくない。
信じたくない。
だから、―――忘れたい。
救いを、救いが欲しい。
助けて欲しい。自分ではどうにもできないと知っているから。
熱病にうなされながら、悪い夢を見ている。目覚めて、逃げ出したい。
あの人は現れない。だから目覚めることはできない。
城砦騎士でも、盗賊でも、見たこともない神でもいい。
わたしに手を差し伸べて。もう、誰でもいい。何でもいい。
汚されたくない、穢されたくない、怪我されたくない。
傷を抉る痛みと耽美なる灼熱から逃れられるなら―――なんでもいい。
―――かくて、その方は降りられた。
狗たちが喝采と快美と畏敬に猛り―――瞬間、悲嘆と驚愕に染められる。
響き渡る断末魔。
ばら撒かれる臓腑。
爆ぜ散り流れる鮮紅。
阿鼻叫喚。死山血河。千死万紅。
死花が咲き乱れる。
右も、左も、前も、後ろも。
床も、壁も、柱も、天井も。
赤い朱い、紅花で埋め尽くされた。
薫り漂う、濃密な肉と死。
近付いてくる死の権化。
怖い、恐い、強(こわ)い。
来るな、来ないで、近付かないで、遠くにいって欲しい。
触らないで。私に触れるな。わたしに触れるな。
恐怖よ、去れ。蹂躙しないで、陵辱しないで。
いやだ。痛いのはもういやだ…。
―――ゆえ、死は憐れんだ。
美しく繊細なものよ、恐れることはない。
手を伸ばせ、私は奪いに来たのではない。
私はお前に安らぎを与える為にやってきたのだ。
怖がることはない、誰もお前を傷つけないのだから。
救いはここに…。
それは否定し続けてきた神の如き、荘厳な輝(ゆらめ)き。
照り付ける太陽とは逆、寄り添う影のような存在。
焼き尽くす業火ではなく、温め包み込む炎。
―――だから、私は、わたしは、……呼ぶのだ。
天主(デモン)―――と…。
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